お金儲けの神様、邱永漢さんの本を読んで、お金儲けの基本を学びましょう。 その本は、時代を問わず、お金の本質を突いています。

外国で働きたくありませんか |邱 永漢

外国で働きたくありませんか外国で働きたくありませんか
邱 永漢
廣済堂出版 刊
発売日 2003-06
価格:¥1,260(税込)




実地の経済動向を見る視点に学ぶ点が多くあります 2004-03-30
 糸井重里氏の運営するサイト『ほぼ日刊イトイ新聞』に間借をしていた「もしもしQさんQさんよ」が独立し、「ハイハイQさんQさんデス」となった後の記事を出版したものが本書です。『ほぼ日』時代の2年間に、①『もしもしQさんQさんよ』(光文社)、②『いまの時代が読めますか』(②-⑦、PHP研究所)、③『仕事を変わりたくありませんか』、④『生きるヒント 生かせるヒント』、⑤『こんな人いませんか』、⑥『いい仕事、見つかりましたか』、⑦『独立を考えてますか』(徳間書店)、⑧『メシの食える自信ありますか』(徳間書店)、の8冊が刊行され、本書はその続編にあたります。 もとがインターネット上に毎日、更新される文章なので1単位あたりの分量は800-1000字で、その寄せ集めですから読み進めるのは苦になりません。無論、同じ内容をインターネット上でも閲覧できるのですが、100話以上を一気に読破するにはやはり書籍です。目が痛くなりませんから。内容は同じ話題を別の視点で斬っていたり、目に触れた些細なことから面白みを抽出したりしていて、相変わらずの斬新で流れのツボを抑えた邱永漢氏の視点を楽しむことができます。 題名にもなっている「外国で働く」ことは、私も含め若い人間は強い関心があります。文中で、特にどの国が良いとは述べていませんが、中国の可能性、先進国はビジネスが開拓され尽くしていて発展途上国にチャンスがある点、パイが小さな海外の日本人向けではなく現地人に「日本人によるサービスや商品の違い」を感じさせるビジネスの有効性がある、といった指摘は参考になります。「完璧に正しくまったく役に立たない」経済学より、こういった実地の経済に学ぶ点は多いように思いのではないでしょうか。


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この記事は2006/4/19に作成しました。

【邱永漢さん】
1924年台湾生まれ。本名は邱炳南。

10人兄弟の長男。父邱清海は台湾人実業家。母堤八重は久留米生まれの日本人である。 13歳のとき台北高校尋常科に入学し、このころから自ら詩を書き、個人雑誌『月来香』を発行している。台北高校の同窓に李登輝がいた。

1942年に来日。1943年東京大学経済学部入学。 1944年、邱の友人の冗談を真に受けた憲兵隊によりスパイ容疑で逮捕されたが一週間で釈放。

このころ、経済学部の定期試験で満州国の統制経済について問われ、日本の満州支配を経済学的に批判したところ、 不穏思想の持ち主として退学処分になりかけた。 1945年に東京大学経済学部を卒業後、東京大学大学院で財政学を研究。

1946年に大学院を中退して台湾に戻り、土建会社経営、中学の英語教師、銀行のシンクタンク研究員を経験。砂糖の密輸に手を出して逮捕されたこともある。

1948年に台湾独立運動に関係して中国国民党政府から逮捕状が出たため香港へ亡命。このとき、物資欠乏の日本に郵便小包で商品を送る事業を始めて成功を収めた。 香港で高級マンションに住まい、運転手つきの自家用車を乗り回す身分となった。このころ、友人の窮状を題材に処女作「密入国者の手記」を執筆、この作品が山岡荘八や村上元三から激賞され、「大衆文芸」誌で作家デビュー。

やがて事業が傾いたのを機に、娘の病気の治療と文学修行を兼ねて1954年より日本に移住。1954年『濁水渓』を現代社から上梓、直木賞候補となる。 1955年に小説『香港』で第34回直木賞を受賞。外国人として最初の直木賞受賞者である。

当時、金銭について語ることがタブーだった日本において、『金銭読本』『投資家読本』など蓄財に関する実用的評論を発表して好評を博した。 1960年頃には200万円の元手で株を始めて1年で5000万円に増やしたこともある。 「邱永漢が薦める株は必ず上がる」と噂された。

1971年には、台湾の政情変化を受けて国民党と和解。台湾政府に乞われ、経済建設を支援すべく台湾に帰って国家事業を指導。やがて事業が不振になったので再び日本に移住。 第一次石油危機では大損害を蒙り、胃を壊して入院したことがある。

1980年、家族と共に日本国籍を取得。その直後に参議院全国区選挙に無所属で立候補したが15万票しか取れず下位落選。 1998年の香港返還を目前に、香港に移住。中国に移り、雲南省でコーヒー栽培事業を営んでいる。

実業家としてはドライクリーニング業・砂利採取業・ビル経営・毛生え薬の販売など多方面に活躍。東京には邱永漢経営の中国語教室も存在する。 日本におけるビジネスホテル経営の元祖でもある。

大の食通としても有名。夫人の潘苑蘭は広東生まれの中国人で料理研究家。実の姉の臼田素娥も料理研究家。 素娥の娘の臼田幸世も料理研究家でNHKの「きょうの料理」などテレビの料理番組に出演。娘の邱世嬪(きゅう さいぱん、1952-)は占星術研究家でエッセイスト。 息子の邱世悦は不動産会社を経営している。